会社は給与を支給する義務があるが、ボーナスは支給しなくてもよい

会社にとって給与は幾重にも張り巡らされた支払い義務がある一方で、賞与は支給してもしなくてもよいものなのです。

仕事は社員の生活を守るためのものです。

ここでお給料をもらえなければ当然社員は食べるものも食べられなくなってしまいますし、そんな会社ばかりになってしまっては社会がおかしくなってしまいます。

ですから、給与には①通貨で②直接労働者に③全額を④毎月1回以上⑤一定期日を決めて支払わなくてはなりません。

そのほかにも完全歩合制のように給与がゼロになる危険性があるものは基本的に禁止ですし、給料は同一労働をしている社員の平均値の6割を下回らないようにしなくてはなりません。

また、懲戒処分で減給に処するときも、月給の社員であれば月額給与の総額の10分の1以上を減額してはならないなど、必ず毎月一定額以上の給与が社員に届くように様々な法規制があります。

給与はあくまでも生活を守るための糧として法律は捉えています。

一方で賞与には法律の規制が全くありません。ある程度会社に利益が出た場合にそれを社員で分配するという福利厚生的な色合いが濃いからです。

福利厚生的なものがなかったとしても給与をもらっていれば食うには困らないと法律は考えます。

給与は固定費

ここまで、給与と賞与を法律がどのように捉えているかを見てきました。

次に見ていきたいのは、会社が給与と賞与をどのように捉えているかです。

先にも述べたとおり、給与は必ず毎月一定額を支払わなければなりません。

それは会社の業績が上がらずどれだけ苦しかったとしても、です。

不景気になるとよく『給与未払い』なんてことが話題に上ります。

これは会社が手元にお金がないので現実問題として支払いが滞っていますが債権として、つまりは社員側に給与をもらう権利は発生しています。

ですから「未払いの給与をよこせ」という裁判が成り立ち得ます。

少し視点を変えて会社側から見てみましょう。

うまく仕事が回らずに給料を支払うだけの利益が出せないにもかかわらず給与の支払期日は迫ってくる。

社長さんはすごく苦しい気持ちになっていると思います。

つまり給与は固定費なのです。個人の家計もそうなのですが、懐具合が厳しいときに真っ先に見直すべきなのは固定費です。

個人であれば携帯電話の支払いや生命保険などを見直します。会社も同じように固定費を見直さなければなりません。

固定的な経費が必要な資産を売却するなどして経費を圧縮しなければなりませんが、そもそも利益水準の割に給与を出し過ぎなのかもしれません。

そこでいわゆるリストラが行われたりします。

一方で賞与は変動費です。

今年度は業績が厳しいということであれば、賞与は出さないことにしても何も不具合は発生しません。

当然社員は不満いっぱいになると思いますが。

社会保険を収めるために会社は賞与支払届というものを年金事務所に提出する義務があります。また、企業は毎年何月と何月に賞与を支給するかを年金事務所に登録しています。

例えば6月と12月に賞与を支給している会社であれば、5月頃と11月頃に年金事務所から書類が送られてきて、それに賞与総額や一人ひとりの賞与額を記入して送り返します。

その書類にはこう書かれています。

『賞与の支払いが無かったとしても返送してください』と。

つまり、法律を執行する側の国や公共団体も、賞与に関しては出さないこともあり得るという立場なのです。

となれば、会社は毎月の給与を少し抑え目にして固定費を下げ、経営に余裕を持たせる一方で、利益が出た場合に賞与で還元しようという考え方が成り立ちます。

社員としては給与も賞与もいっぱい欲しいわけですが、会社につぶれてもらっても困るわけですから、利益の配分は悩ましい問題です。

報酬が少ない企業には人が集まらない

ここまで、論点的に不況の時にどうなるかという雰囲気で話が進んできました。

では、最近のように景気が過熱気味で人を雇いにくい時代はどのようになるでしょうか。

当然仕事はいっぱいありますし、転職も割と自由にできます。

一方で会社は仕事が増えて人を雇いたいのにどこを探してもあぶれている人はいません。

ですから報酬を上げて少しでも多くの人に振り向いてもらわないといけません。

今回、『報酬』という言葉を使いましたが、給与と賞与を合計して報酬という言葉を使わせてもらいました。

年収を上げると言い換えてもよいかもしれません。

会社としては、報酬を上げて人を集めたいけれども単純に給与を上げてしまっては固定費が上がってしまいます。

そうなると、儲かっている今はいいとしてもやがて必ず不景気の時代もやってきます。

固定費が上がるという事は経営体力を奪われてしまうという事です。

ですから、給与(特に基本給)はなるべく抑えておいて、極力賞与やその他臨時的に支払う歩合給の割合を増やし、結果として年収が上がるような給与体系にシフトしていきます。

また、歩合給や賞与などで支払う金額にメリハリをつけることは上昇志向の社員にやる気を起こさせます。

少しずつ本題に近づいてきました。

成果を出しても出さなくても同じ給料というのは不公平

基本給や手当というのは成果を出す出さないに関わらず一定額が支払われます。

これは本人や家族の生活を保障するためのお金です。

またある程度生活を豊かにすることに使われたり子供の教育費に充てられるお金もあるでしょう。

ここまでは各社員に絶対に必要なお金ですし、秩序があって安定した社会を形成するために必要になってきます。

一方で、それ以上のお金が成果にかかわらず誰にでも支給される会社というのは公平と言えるでしょうか?

やったらやった分のごほうびが与えられる世の中でなければ人間は輝けません。

かつての日本で主流であった年功序列制度はどちらかと言えばがんばってもがんばらなくても同じの悪い意味での平等主義でした。

それでも人手さえあって製品を生産しさえすればいくらでも売れた時代だったために、時代に助けられて成立していた制度にすぎません。

就職活動中の大学生が企業展などで企業の人事担当者に「御社の賞与は何か月分ですか?」と聞く姿をたまに見かけます。

何か月分とすんなり計算できる会社はおそらく少なくなっているのではないでしょうか?

逆に、人事担当者も人によって増減があるのが当たり前の時代になってきているだけに、説明するのに苦労するのではないでしょうか。

賞与の金額が増減するのは、よく頑張って成果を上げた人を正当に評価するのに欠かせない行為なのです。

賞与が変動するからうまくいく

会社としては固定費ではなく変動費として報酬を支払うからこそ財務に弾力性が出て強い企業を作ることができる。

一方で社員は頑張れば頑張っただけお金という形でごほうびが返ってくる。

こうして会社に活気が出てくることで日本社会全体にも活気が出てきます。

近年ようやくバブル後の低迷から日本全体が抜け出しつつあります。

アメリカ型の成果主義の導入やその反動からくる年功序列への回帰など、企業は報酬制度について迷走を繰り返しました。

けれどもそこから徐々に抜け出してこれからの日本に合った形の報酬制度や評価制度が固まりつつあるのかもしれません。

高度成長やバブルみたいなまぶしいばかりの輝きを放つ時代を作ることは難しいかもしれませんが、一人ひとりがしっかりがんばって、そのがんばりが賞与という形で正当に返ってくる時代がやってきてほしいと思います。