様々な理由から転職を決意

 

転職した理由の第一は、元々幼い頃から機械系に興味が有り、半導体のような小さいものではなく機械制御系の仕事をしたくなったからです。第二は、エンジニアとしての基礎を積み上げるには素晴らしい会社でしたが、過酷な業務の割りにはあまりにも給料が安かったからです。第三は、独身寮から会社までの通勤距離が長く、長時間の通勤が大変だったからです。

大学を卒業し、入社から5年間、最初の3年間は一流のエンジニアになりたくて必死になって勉強もしました。睡眠が3,4時間なんてザラです。先輩がいつも課題をくれて、その課題解決の為に勉強せざるをえなかったのです。今から40年ほど前の話しです。この頃の日本の半導体は欧米に追いつき始めた頃で電気メーカーが世界最先端を突っ走っていました。

半導体の回路設計から、草創期のパソコンに触れてBasicなどのプログラミングもでき、ミニコンでのFortran77プログラムで音声分析まで関わることが出来たのは幸運でした。AppleのMacintoshも会社にありました。

 

転職後の人生について

 

転職後は、メカの開発チームは、大きく分けてメカ屋、電気屋、ソフト屋、機構デザイン屋に分けられるのですが、大きなプロジェクトチームとなりますので、そのようなプロジェクトにおいては人間関係が重要となります。勿論、開発チームだけではなく、企画・営業チーム、材料チームなど多くの人間が関わる訳ですから納期・コストも重要です。厳しい納期の中でコストも合わせながら、特許出願もしないといけません。

エンジニアである以上、その製品を守る為は当然で、己の仕事のアウトプット成果としても特許出願は当然です。常に、どうしたら問題・課題が解決できるか?徹夜をしながら考えていますと、それが夢に出てきます。競合メーカーは次期種でどんな機械を製品化してくるだろうか?と思うと夜も眠れない日々が続きました。若いから乗り越えられましたし、情熱も、志も高かったです。

業務としては、機械のメカトロの電気回路設計を中心に、試作機、量産試作機、量産機まで担当することができました。当時世界でも最先端のゲートアレイによる基板回路設計は非常に楽しく時間が経つのも忘れて研究開発をしたことが懐かしいです。

外注さんにオリジナルの基板回路テスターを導入した時には、前職の半導体テスターの知識が非常に役立ったことを覚えています。子会社に行っての駐在経験は、機械の受入検査、出荷検査の重要性を会得した時期でもあります。

サラリーの待遇面でも転職前のほぼ2倍になり、メーカーと業種の違いを感じずにはいられませんでした。これでようやく結婚ができるなと思いました。独身寮から仕事場(研究所)までも近距離で仕事の効率も大変上がり、充実した日々を過ごしておりました。

風向きが変わったのは、会社がメカトロ開発から撤退する方針になった時です。自分としては、どうしてもメカトロ系にこだわっていたので、非常に残念でありましたが、仕方有りません。こういうことは、サラリーマンである以上当然有ります。次に担当したのは微細加工構造物の研究開発です、世に言うMEMSの世界です。

これにはやはり前職の経験が役立ちましたが、メカトロで扱っていたモーターが、今度は極小の半導体に近いモーターに変わるのですからカルチャーショックはあります。

ただ、取り扱う装置は、クリーンルームにあるわけですから、前職からの慣れで抵抗は有りません。この時ももちろん特許出願はしましたが、本業である回路設計で腕を振るうことができずにいたのは残念でした。

次にチャレンジしたのは、工場にある巨大装置産業の生産技術です。これは家庭の事情で、そういう職場に異動せざるを得なかったのですが、工場の巨大装置を初めて見たときの感動は今でも忘れられません。

巨大ではあるが、これでまた装置制御ができるはず。最初は流用計などの小物をシーケンサで制御します。その上位には大きな生産管理コンピュータシステムがあるのですが、兎に角、手足となっている末端のシーケンサにセンサーやアクチュエーターを接続して材料をラインに流すわけです。

これは、何回かパイロットラインで実験を繰り返しながら、最適解を煮詰めて、量産ラインに乗せるわけですから責任重大です。現場においては、ラインを長期間停止できるのは、夏休みと冬休み。その時に設備の総点検、設備の入れ替え、新しい設備の追加などを行います。ですから、自分達家族の休みは、シーズンを過ぎていますので、旅行先はいつも空いていましたから良かったと言えば良かったのかもしれません。

たまには、例外といいますか、工場内のエレベータ変更の仕事をやったこともあります。生産技術の仕事は工場内全てですから当たり前といえば当たり前ですが。分電盤の中の最新型のサイリスタの故障など、考えられないことが発生した時にどう対応したら良いか、いままでの経験が十分に役立ったのはもちろんです。

こう考えますと、27年間のエンジニア生活で半導体から巨大装置まで携わりましたが、何ひとつ無駄のないエンジニアライフだったと思います。