ガテン系の仕事に体力の限界を感じ退職を決意

 

私は、地元の高校を卒業し、暫くアルバイトをした後、親戚が経営する事務機の移動書庫を組み立てる会社に就職しました。

約10年ほど勤めることになりましたが、主に遠方に出かけて行き、移動時間と渋滞、それに内容に関してもハードな作業内容でしたので体力的にも厳しく、心身をすり減らす現場で長く続けることが難しくなり転職を決意しました。

今思えば福利厚生などの保証や、年金などに正式に加入していなかったようなので退社したことが逆にかえって良かったのかもしれません。

しかし、建設現場における作業工程の流れが大変勉強になったことで、建物が建つ建設現場における指揮命令系統の仕組みが理解できたことは非常に良かったと感じています。

それに、現場に入る営業マンとの人間関係が構築できたことも今となっては貴重な経験となりました。

ある現場で知り合った営業さんとは、今でも仲良くさせてもらっています。

建設現場という所は、色々な業者さんがタッグを組んで一つの建物を建てていくところなので仕事の現場という繋がりにプラスした恩恵があることも大勢の人間が一度に働いている所の利点だと感じます。

 

 

自分のコミュニケーション力を活かし営業職へ転職

その親戚がやっている移動書庫の会社を退職し、自分の知り合いのつてで保険の外交員へ転職することになりました

移動書庫の組み立てをするというガテン系の仕事から、まるっきり職種が違う保険営業というジャンルに飛び込んだ自分の勇気に我ながら感心してしまいました。

元々人とのコミュニケーションが得意でどちらかと言うと積極的にコミュニティーに参加する性格を持っていたので、ゴリゴリの猛者が集まる保険営業という特殊な仕事にも意外とすんなり馴染むことができました。

保険の営業は、営業という業界の中でも最もハードな職種と言われていて、一般的にノルマが大変厳しい車の営業マンさえも舌を巻くほどの業界と言われています。

私も、およそ5年間ほど働くことになりましたが、これほど辛い5年間は経験したことがないほどの苦労をすることになりました。

保険業界は、一部給料性となっていますが、殆どの営業職員は大変なノルマを背負わされ、地獄のような競争の中、そこを生き抜いて凌いでいる方がほとんどです。

基本、土日祝日は休日になりますが大抵は仕事を自宅へ持ち帰り、サービス残業をしながら事務的な準備を整えて外に打って出る、という少しも気分が休まらないとても厳しい職場でした。

しかし、どんな仕事にも長短が存在し、いいところもあれば悪いところも存在します。

建設現場が職人さん達との繋がりの場であるなら、営業マンが集まる保険業界の現場はあらゆる情報が行き交う貴重な情報収集の場であるように感じます。

どんな仕事場でもそうですが、自分の可能性を潰してしまうような諦めの精神でいることは、その時点で大変な損をしているという感じがします。

私も、あまり後先を考えずにその場のノリで判断することが多いタイプの一人ですが、常に前向きに何でも吸収していくという学びの精神を強く持っていれば、何処のどの職場に行っても自分の成長をハッキリと感じれるようになると確信しています。

 

 

 

現代の転職事情について

 

私は、高校を卒業して以降さまざまなアルバイトや仕事を経験してきました。

今となっては全てが良い経験になっているように感じます。

私の年代は所謂バブル世代で、ちょっと前まで言われていた就職氷河期などという厳しい環境に置かれることもなく、100人がいれば97、98人はすんなりと仕事場が確保できたような緩い時代でした。

これから少子高齢化が一段と進み、労働力人口の不足が全国的に加速する中、どの年代においても労働力の確保を望む業界や団体は増え続けるであろうと言われています。

リタイアする高齢者が増え、生産性を維持する若者が減り続ける現状がある以上、正規のルート以外からの労働力確保が急務となっています。

外国からの労働者を増やすとか、女性や高齢者でも働けるイノベーションを働きかけるといった政府の施策も声高に叫ばれているような事情もありますが、まず何と言っても手っ取り早いのは、非正規や臨時雇用となっている人材を手厚く優遇することがそれら問題を解決する第一歩なのではないかと思います。

一昔前であれば、転職というイメージが持つ負の部分がフォーカスされていましたが、ことここに至ってはそんなことを言ってはいられない我が国の現状があるように感じます。

むしろ、様々な職種を経験した貴重な人材として企業に取り入れられるべき戦力であると自信を持つことも必要なのではないかと考えます。

むやみやたらに転職を繰り返すことは、経歴を無駄に汚すことになるので決してお勧めできるものではありませんが、人間死ぬまで学び続けるという飽くなき向上心があれば、その選択も重要な決断として認知されるべきものと確信するのです。