給料の低さとサービス残業から転職を決意

 

 

最低賃金が過去最高に達する中で、経営される側もしのぎを削っておられるんでしょうか。

求人広告と内容が著しく異なったお仕事が本当に多くて、転職に次ぐ転職を余技なくされたおりました。

また、経験者募集と言って募るとなかなか人手を確保するのが容易ではないようで、未経験歓迎とうたっていますが、実際は未経験者の中から経験者並みの作業技術を持ち合わせた人物を見出す事が狙いであるようで、使用期間を昔のように一か月や三か月と言うところが少なく、一週間や二週間と言う所が非常に増えております。

ライン作業も、昔のように一つのことだけを淡々とと言ったものでは無くて、一人で2~3つの作業を求めてくる工場がほとんどのようになっていて、人件費削減の考えが反映される形となっていて、ラインの速度も非常に昔と違って速くなっており、誰もが、長く続けていけるお仕事を探すという事が、難しい世の中となってきております。

専業主婦として長く就労から遠ざかっておりましたが、幼稚園がこども園となったことから、久しぶりに働きに出ることにいたしました。

そして、使用期間で継続不能の連発でなかなか収入につながる事が出来ずにいました。

就労開始時に様々な書類にサインさせられたりしましたが、本来は就労形態を書面にして雇用される側にも渡さなければならないのですが。そんな会社はただの一社もございませんでした。

家から、本来は会社側で用意しなければならない備品などを持ってこさせる会社や、掃除と称してサービス残業を強いる会社も少なくなくて、最低賃金の高さから経費などを節約したい企てが、雇用を継続していきぬくい世相を逆手にとって、就労継続したければ我慢していうことを聞かせる経営者側の思惑がうかがえる状態が現状です。

とにかく仕事を続けたい!そんな思いで何社もわたり歩く中で、一枚のチラシが我が家のポストに投函されました。

「繁忙期のみのお手伝い!簡単なチョコレートの」箱詰め作業」と言うものでした。

時間給1500円よりも、長期希望者は930円に心が惹かれました。

自宅の近辺よりも、範囲を広げて探すことを考え始めてはいたので、自転車で片道40分の真冬の道のりも飲んで働くことを決意せざるおえませんでした。

「簡単な」とはお世辞にも言えない、今までに見たこともない蝶高速ラインでしたが、働き続けました。

社員の「もっときれいに!」、「もっと早く!」と言う罵声を浴びながらチョコレートが一つも流れてくる箱に入れることが出来ませんでした。

半日や数時間、2~3日で来なくなる人が続出する中で、苦しい毎日でしたが、仕事が出来ない私を首にすることもなく雇い続けていたので、長い道のりを一生懸命に通勤していました。

一か月が過ぎるころ、チョコレートが流れてくる箱に入れられるようになっておりました。

毎日、残業も頑張って参加するようにしていましたが、残業の時はなぜか一時間に満たない所で、作業を強制的に中断させられて、「あとは社員がやるから掃除もいいから早くラインから出て!」と怒鳴られるので、「時給を分で割るんだろうな」とかんがえておりました。

半年の繁忙期も乗り越えて、必死に働き続ける中で、チョコレートは6個も瞬時に入れられるようになっていて、仕事が出来る人となっていました。

繁忙期が終わって出勤率の多い人間が毎日シフトに入れてもらえると聞いておりましたので、土曜日も半日だけ出勤しておりましたが、蓋を開けてみれば、私はほとんどシフトに入れてもらえていませんでした。

呆然としているのもつかの間、給与明細を見て驚愕しました。

残業が一切ついていなかったんです。

それから、時間給に930円ともう一つ、「853円」と言う記載があって、不審に思って事務所で聞くと、短時間労働を指すのだそうです。

つまり、土曜日の半日出勤の事を指すというのです。

残業をした時に、一時間以内で帰らされる事の意味が、サービス残業を意味していたことに、やっと合点がいきました。

労働基準局に半年分の給与明細をもって、相談に行った事は言うまでもありません。

即日解雇されたりと、基準局に赴くことが多々あったので、職員の方がいぶかしそうにされるのが、いっそう心を苦しめました。

わざと解雇予告金をもらうために、仕事を怠慢に行う方がおられるらしく、私もそんな輩だと思われるんじゃないでしょうか。

 

地元の肉屋さんへの転職

 

残業代をいただいて、また次の仕事探しです。

「小さい会社は駄目なんだ!大きな会社の面接に行こう!」そう考えていた私に、子供のころから地元で有名なお肉屋さんの大きな募集の看板が目に飛び込んできました。

いたるところに設置されていて、さっそく電話して面接となって、即採用になり小躍りしたい気分でした。

 

パワハラ、待遇の悪さから再度退職

 

しかし、入社した私が目にしたのは、ドアが壊れた半分しか閉まらない男女共同の更衣室と、男女共同のトイレと、外見と年齢を馬鹿にする罵声と、酒気帯びで従業員を殴っている社長の娘婿の姿でした。

半年、肉体労働に従事しましたが、小学校が夏休みで給食の仕事がないという理由で、強制的に早退や休みを取るように言われるようになって、二学期が始まれば仕事がまた忙しくなるとは考えましたが、冬休みや春休みの度に収入が減ってしまうのは困ります。

転職はこりごりでしたし、せっかく長く続けられると思っていたので、落胆はものすごく大きかったですが、娘婿の専務が長年にわたって社員に暴力をふるっていたので、やめた社員の方に訴えられて負けたりしていた事などから、周りの反対もあって、やめることにしました。

 

パソコン入力の仕事へ

 

もう面接や就労の気力もなくなって、働く事が怖くなってしまっていました。

そうはいっても働かなくてはいけません。

現在は週三日、5時間だけ知り合いの方の所で、パソコンの入力のお手伝いをさせてもらっています。

しばらくは、のんびりして、そんなに働かなくても大丈夫だと、家族が言ってくれていますので、お言葉に甘えております。

たくさんの経験をしましたが、子供も来年から小学生で、幼稚園も最後になりますので、幼稚園行事にたくさん参加していこうと思っています。

つたない私の体験ですが、ご参考にしていただければ幸いです。