人間とは心で動く生き物です。

“うれしい””たのしい”はモチベーションのアップにつながりますが、
“くるしい””かなしい”は労働効率を下げてしまいます。

でも、それは、自分自身でしか量り得ない内面的なもの。
他人には理解できませんし、意識がすれ違うこともあります。

精神論を押し付けてくる会社というのは、果たして[ブラック企業]と括られるべきなのでしょうか。

精神論とは

肉体には限界があります。
重いものを運べば、筋肉は疲労します。
無理してそのまま動いていると、筋肉や関節がボロボロになり、
最後はケガや病気につながってしまいます。

しかし、精神はどうでしょう?
目に見えるものではなく、本人がその気になりさえすれば、無尽蔵に湧いてくる気がしますね。

もう少しだから、”がんばろう”。
今は辛くても、”がんばろう”。
“気合を入れれば”立ち上がれるし、”気を張っていれば”早起きも問題ない。

そういった、精神の神秘性を重視し、肉体や技術に問題があっても精神で乗り切ろうという考えが”精神論”というものになります。

精神の重要さは、歴史上、いろいろなところで解かれて来ました。

近代で、もっとも有名なのは、やはり第二次世界大戦期の旧日本軍です。
欧米諸国と比べ、国力や効率化で劣っていた日本は、そういった自力の差を、個人の努力で埋めようとしました。
真っ当に、技術や戦術などの研究をしていた部分もありますが、身体を壊すような激しい訓練や、合理的ではない理不尽な練習なども、行っておりました。
そこで彼らが重要視したのが”精神論”です。
いわゆる、気合と根性の世界を重視したのです。

戦後、復員した彼らは、そんな気合と根性の申し子として、社会復帰をしました。
今現在、精神論と呼ばれるもののルーツは、これら戦争体験がその一部として根付いてしまったものです。

 

精神論がブラック企業と言われる原因

 

何も考えていない

仕事をしていると辛いことやわからないことが多々あり、その都度誰かに相談したり説明を求める必要があります。
普通の流れであれば、そこから親身になってくれる人や詳しい説明をしてくれる誰かが登場するのですが、ブラック企業ではそれがありません。
何を話しても返ってくるのは精神論だけで、問題の解決をすることは話してくれません。
正確には話してくれないというよりも話す能力がないと言った方が正しいです。

なぜブラック企業はそうなってしまうのかというと、そこがブラック企業だからです。
ブラック企業は考える兵隊を嫌っています。何も考えずに働く人間こそが正であり、悩みや疑問を持つ余地など存在しないようにしています。
なのでそこに所属している人間は自然とそういう人材だけが残っていきます。
論理的に考えることができないので、一般の企業ではごく当たり前の質問に対しても説明する能力が欠如してしまっているのです。

「頑張れ」という言葉は大変便利なものであり、すべてはこれで解決すると本気で信じています。
むしろ頑張るのは当たり前で、それができない人間はおかしいという発想をもっているので、疑問を持つ人間を頑張ることができない無能な人間とさえ考えているのです。
あなたがまだブラック企業に染まりきっていなければ、何も考えていない周囲の人たちに疑問を抱くことになるでしょうが、それがブラック企業で生き残っている人間というものなのです。

何も考えないで働く方が実は簡単です。しかしそれが長く続くと簡単故に何の成長にも繋がらず、外に出た時に自分の幅の狭さに驚くこととなります。
考えることを放棄して精神論だだけで生きているブラック企業の社員は必ずどこかで頭打ちになってしまうので、染まりきらないように注意が必要です。

劣る部分を隠している

仕事に限らずどんな場面においても精神面は重要ではあります。
責任感や努力をすることの重要性について、言葉や理屈では通用しない面があるのもまた事実です。
しかしブラック企業はその部分だけが異常に発達してしまっています。精神論だけが支えとなっているので、他に社員を繋ぎとめるものはありません。

ブラック企業は労働環境、給与面、拘束時間などで他社に劣っている部分が多くあります。
その劣っている部分を隠すためにあえての精神論をがざしているのです。
他社に対して劣っている部分に不満を持つことは「甘え」と認識されていて、社員本人の気持ちや努力によってそんなものは解決できるとしてきます。
特に若く、社会経験が浅い人に対してであれば、現状に不満を抱いていいたとしても努力をすれば良くなると言ってきます。
そして言われた方も、そういったものなのだと信じて働くので段々とブラック企業に染まっていきます。

正しい会社は、劣っている部分があればそれを改善しようと企業側が努力をします。
過渡期には社員にも我慢を強いることはあるでしょうが、それも一時的なものに過ぎませんし、理由の説明もするので納得感はあります。
ブラック企業は問題はいつか解決すると棚上げにして、ほぼ永久に社員に我慢を強いるのです。

例として残業や休日出勤が常態化していた場合、普通の企業は社員の負担が多いと感じれば人員を増やしたり、仕事の内容を見直すなどをして状況の改善を図ります。
ブラック企業の場合は解決の策を考えることはなく、頑張って働けば問題はないという捉え方をしてそれを強制します。
努力を強制する時の常套句は「これは成長するチャンスだ」です。
社会人は「成長」という言葉に弱いので、これを持ちだされるとなかなか言い返せないものです。
それがわかっているからこそ、ブラック企業は何の根拠がなくても精神論を振りかざすことを選ぶのです。

多様性がない

ブラック企業には考えの多様性がありません。
社員それぞれが仕事に対する考え方があり、人生における優先度の割合も違いますので本来であればその人に合わせた働き方があります。
もちろん極端に仕事に対する意識が低ければどこの企業でも通用しませんが、常識の範囲であれば個人の考えは尊重されるべきでしょう。

ブラック企業ですと、仕事は何よりも優先されなければならないものであるとされ、それ以外の考え方はすべて悪とみなされます。
なぜ仕事が最優先なのかは誰にも説明はできません。他の考え方はそもそも持っていませんし、社員の考え方を尊重しようとする気もありません。
一つの考え方を押し通すのに理屈だけでは当然足りません。それなりの屁理屈を並べることはできるでしょうが、足りない部分は精神論で補うしかないのです。

多様性がないのであとは感情に訴えかける精神論を出しすか方法はありません。
社員の考え方を完全に否定して、それを精神論で上書きします。
精神論を押し付けてくるのは社員を大切にしていないことの証明でもあります。
もっと言ってしまえば社員個人を人間的に認めておらず、都合の良い歯車にしようとしています。

会社が一つの方向を向いている言えば聞こえは良いですが、中身は他人の意見を尊重しない精神論の押し付けにすぎないのです。

 

精神論の問題点

さて、そもそも、精神とは何か。
心の働きでありますし、目にも見えないものですから、明確に定義できる人は中々いません。

ただ、現代の科学において、非常によく知られていることがあります。
それは『精神も肉体の一部だ』ということです。

おおよそ、人間が発する精神活動というのは、脳の状態や、ホルモンの分泌に左右されることが分かっています。
アドレナリンや、ノルアドレナリン、
メラトニンや、インスリン。
いわゆる男性ホルモン・女性ホルモンなどもそうです。

アドレナリンが出れば、心拍数が上がるとともに”やる気”が満ち溢れてきて、目がどんどん冴えてゆきます。
メラトニンが出れば、体温や血圧などが下がるとともに”眠気”が出てきて、夜の安眠へとつながります。

ホルモンは、内臓や脳の一部など、自分の体の中で生成されてゆきます。
これは工場と同じです。
生産の限界を超えれば、人員が疲弊して、まともに稼働できなくなりますし、
生産が少なすぎれば、人員が衰えて、元の効率に戻せなくなってしまいます。

精神論、その一番悪い具体例

さて、精神は、ホルモンの分泌に影響を受けるということなのですが、
これに”精神論”をぶつけた場合、どうなってしまうのか。

“がんばる”という概念で説明しましょう。

Aさんは新入社員で、毎日夜遅くまで、がんばっています。
でも、仕事もまだ、覚えたて。
どんなにがんばっても、ミスをしてしまいますし、そのたびに周りに怒られてしまいます。

『Aくん、がんばりかたが足りないんだよ』
『もっとがんばってくれなきゃ、使えないよ』

Aさんは既にがんばっているのに、周囲は精神論に基づいて更なる負荷をかけました。

すると、どうでしょう。
Aさんの体内では”がんばる”ためのホルモンが、どんどん生産、どんどん出荷されてゆきます。
Aさんはさらに夜遅くまでがんばるようになり、職務中も一切気を抜かず、つねに100%の力で、がんばれるようになりました。

仕事の能率が上がり、評価も上がってゆくAさん。
しかし脳は睡眠時間を削られてしまったせいで”寝なくていいんだ”と勘違いをするようになります。
やがてAさんは仕事にも慣れ、身体の疲労も感じなくなってゆきました。

しかしあるとき、破綻するのです。

身体の中で生産されていた”がんばる”ホルモンが、ある日、効かなくなってしまうのです。
それは多すぎてマヒしたのか、あるいは、ホルモン工場が壊れてしまったのか。
とにかく、Aさんは、身体がまともに動かなくなってしまいます。

大事を取って急速をしても、脳は”寝なくていいんだ”のまま固定されてしまって、睡眠もロクに取れません。

Aさんは仕事も出来なくなり、病院に通うようになってしまいます……。

と、いう、”がんばる”の末路です。

もちろん、ホルモン工場や脳の頑丈さには個人差があります。
誰しもAさんのようになるわけでもなく、逆に、もっと楽な状況で壊れてしまう人もいるかもしれません。
“がんばる”という素朴な感情から、既にこのような危険性をはらんでいるのです。

精神とは、神秘的な何かではなく、身体の一部。
精神論はときにそれを忘れ、見えないからこそ限界まで身体を酷使してしまう、諸刃の剣であるのです。

精神論はブラック企業の表れか?

精神論は、時として大事な身体を破壊してしまいます。
では、それを振りかざす会社はブラック企業なのか?
それは決してイコールではありません。

筋肉は、無理をすれば肉離れや脱臼、靭帯の損傷へとつながります。
しかし目的を明確にし、適度に運動を続ければ、立派なアスリートへとつながってゆきます。

精神論も、それと同じです。
まずは飛び込んで、確かめて見ることこそが、重要です。