全てうまくいくと思っていた時期

私は仕事ではそれなりの立場にあり、収入にも恵まれていました。プライベートでは念願のマイホームを購入し、子宝にも恵まれました。現状を維持すれば、恐らく悠々自適な生活を送れたでしょう。
しかし、内心では現職のスキルを活かしたコンサルタントとしての独立開業を目指していました。そのためには難関と言われる国家資格に合格する必要があったのですが、在職しながら独学で猛勉強し、見事合格しました。まさに順風満帆、「全てうまくいく!」と根拠もなく確信していました。

丁稚でもよいのでその業界で下積みをしたいと考え、妻や職場の上司に相談したところ、誰も反対せず、むしろ背中を押してくれました。前に進む以外に選択肢はなく、長年勤めた会社を退職し、コンサルティング会社に就職活動をしました。自分で言うのもおこがましいですが、私はその業界でそこそこ実績を残していたので、とあるコンサルティング会社に即採用となりました。社長には正直に独立開業を考えていることを話しましたが、それもプラスに作用したようです。

このまま成功すると思っていた時期

会社は好立地にある立派なオフィスで、事務員等を含めて30人ほどが働いていました。コンサルティングに留まらず、ブログや講演等でも収入を得ており、社長兼コンサルタントは話の端々からも只者ではない貫録があり、圧倒的な知識と実行力・対応力を兼ね揃えていました。

先にも述べたように、その業界の知識や技術はあったので、新人にもかかわらず色々な仕事を任せられ、しばらくは褒められ続ける日が続きました。当事者として働くのとコンサルタントとして働くのは明らかに違うことを痛感し、毎日徹夜で勉強しましたが、苦になりませんでした。「このまま成功する!」

少しヤバいかもと思っていた時期

駆け出しは順調でしたが、全く手掛けたことのない仕事もどんどん任せられるようになり、徐々に仕事のスピードや精度が落ちてきました。ミスやトラブルには至らないのですが、会社に求められている質やスピードに追いつけなくなってきました。

その頃から社長に呼ばれるようになり、「何故この程度のこともできないのか」「お前は期待外れだ」「頭がおかしいんじゃないか」等の小言が始まりました。当初は確かにその通りだ・自分が悪い・努力不足だと思って頑張っていましたが、日ごとに呼び出しと小言の回数が増え、どう考えても達成できないノルマを課され、監視されるようになってきました。

俺はダメな人間だ・・・

状況は日に日に悪くなり、呼び出されて小言を言われていたのが皆の面前で怒鳴りつけられるようになり、会議の議題として「なぜ○○はこんなに仕事ができないのかディスカッションしろ!」と槍玉に上げられました。他のメンバーは陰でフォローに回ってくれましたが、社内では社長が絶対権力で、誰一人逆らう者はいませんし、ランチタイムでの愚痴すら言いませんでした。

プレッシャーがかかる→余計な緊張で普段通り仕事が進まない→何をして良いのかすら分からなくなる、という最悪の状況になってきました。「お前の顔が気に入らない」「給料泥棒め、プロジェクトを達成できなかったら給料は無しだ」。果てには「お前の親も同じように無能なんだろうな」「お前なんかを選んだ嫁の気が知れない」「子供もさぞかし無能なんだろうな。恥ずかしい親父の元に生まれて不幸な子だ」「そんな有様で、家で偉そうに亭主や父親面してるんじゃないだろうな」等、自分以外への批判にも及びました。

本来であれば抵抗していたのでしょうが、その時の私にそんな気力や余力・人間としての自信もありませんでした。捗らない仕事に深夜や明け方まで取り組み、寝るために家に帰る毎日でした。そんな中でも励まし、朝は見送り、夜は寝ずに帰りを待ってくれていた妻には感謝してもしきれません。「俺はダメな人間だ・・・」順風満帆だった頃とは全く別人のようになっていました。

限界を迎える

壁やデスクを大きな音を立てて怒鳴り散らす・鼻がひっつくほど近づいて罵倒する等、今までの人生で経験したことのない仕打ちが始まりました。もはや、仕事がどうこうよりも恐怖心しかありませんでした。毎晩の悪夢、眠れなくなり、数少ない休日も頭の中は仕事に支配されていました。

とうとう、出社できなくなりました。身体にどこも異常はないのですが、もう限界でした。ひとまず会社には今日と明日は休ませてほしいと連絡を入れ、承諾されました。労基や弁護士に相談しました。「こんな酷い目に遭ってるんですよ!」ではなく「とにかく逃げ出したいんです・・・」と。

法的な見解等についてはある程度の情報を得られましたが、最終的に契約関係は民事上の問題になるというのが概ねの見解でした。ただ、共通しているのは、そこまで体が拒否しているのであれば診断書が退職交渉の一つの根拠となるのではないかということでした。

精神科へ受診する

初めて精神科を受診しました。医師は親身になって話を聞いてくれ、初対面にもかかわらず私はボロボロと泣きながら心中を吐露しました。

医師によれば「立場上、退職すべしという診断書は作成できないが、かなりマズい状況に来ている。希望すれば入院もできるが、どうするか」と言われました。自殺願望がある場合は即入院だったらしいですが、幸いそこまでではなかったので、しばらく休む方向での診断書を書いてもらうことにしました。

終わってはいない

無事に診断書は入手しましたが、退職が成立したわけではありません。連絡せずに居なくなる方法も頭をよぎりましたが、自宅も知られていますし、家族もいます。「不在中に襲われたらどうしよう」等とひたすら保身に走り、小学生レベルの思想が一日中頭を巡りました。

2日目の休みに意を決して会社に即日退職したい旨の連絡を入れました。さすがに察していたのか、「このまま辞めるのは有り得ないだろう。引継ぎぐらいはちゃんとやれ。書面でいいから進捗を送って来い」と。言われるがままに対応し、自宅にこもって2~3日で全てをやり切りました。診断書を提出するまでもなく、退職を受理する旨の連絡がありました。5時だったのでしょう。家に帰るように促すメロディーがどこからともなく流れ、夕日がやけに綺麗だったのを覚えています。経験したことのない安堵感・解放感・脱力感に襲われ、そのまま朝まで眠りました。

最後に

従業員の責務として、与えられた仕事を完結して利益を上げる、信頼を獲得するために必死に頑張るのは当然のことです。特に社長は会社を存続し、従業員や家族を守って行かなければならないので、なおのこと熱が入るのでしょう。文面だけ読めば、酷い目に遭ったアピールに見えるかもしれませんが、私は何の恨みもありません。

現在は別の仕事でのんびりとサラリーマンをしていますが、その当時のことを考えれば、多少の理不尽にも耐えうる自信がつきました。夢は破れましたが、家族と一緒に夕食を食べ、休みの日は何も考えずに心身を休められることが如何に大切なことかを実感しています。